大判例

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東京高等裁判所 昭和32年(ラ)315号 決定

抗告人 東京都地方労働委員会代表者 石井照久

主文

本件抗告を却下する。

理由

本件抗告の要旨は、「原決定を取り消し、被審人トウキヨウ、シビリアン、オープン、メスの処罰を求める。」というにあり、その理由とするところは、末尾添附の準備書面と題する書面記載のとおりである。

よつてまず抗告人に、原決定に対する抗告権があるか否かにつき考えるに、労働組合法第二十七条第九項の規定は、戸籍法施行規則第六十五条、不動産登記法施行細則第七十一条ノ四、商業登記規則第七十八条の諸規定と同様の規定であつて管轄裁判所の職権発動を促す趣旨のものである。このような場合には、管轄裁判所は、非訟事件手続法第二百七条に則り裁判をなす前当事者の陳述を聴き、検察官の意見を求めなければならないものであり、当事者及び検察官は過料の裁判に対しては即時抗告を為すことができるのである。しかして前掲諸規定にいう市町村長、登記官吏が非訟事件手続法第二百七条にいう当事者にふくまれないことは、久しきにわたつて異論を見ないところであり、労働委員会のみをもつて、右規定にいう当事者であると解することは法の体系を誤まるものに外ならない。殊に労働組合法第二十七条第九項においては、労働者にも通知権を認めているのであるから、労働委員会が非訟事件手続法にいう当事者であるならば、ここにいう労働者もまた当事者であり、その間区別する理由がない。しかもここにいう労働者をもつて当事者と解することの誤つていることは、非訟事件手続法第二百七条の構造から考えても明らかであろう。

それ故管轄裁判所が違法者として通知せられた者を処罰しない旨の決定をなした場合は、非訟事件手続法第二百七条の趣旨に従い、公益の代表者として裁判所に法の正当な適用を請求する権限を有する検察官において抗告をなすことを得べきものと解すべきである。この様な場合検察官以外の者に抗告権を認めないのが法の精神である。本件の場合抗告人の抗告権を認めた明文の規定が存在しない以上、非訟事件手続法第二百七条の原則に従うべきものと考える。よつて抗告人の本件抗告は不適法であり、これを却下すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 大江保直 判事 猪俣幸一 判事 古原勇雄)

準備書面

左の通り即時抗告の理由を主張する。

第一即時抗告の理由

一 原決定が「被審人を処罰しない」と決定した理由の要旨は次の通りである。すなわち

(イ) 被審人は米合衆国陸軍規則にいわゆる歳出外資金による機関であること。

(ロ) 歳出外資金による機関は米合衆国においては国家機関として取扱われていること。

(ハ) かような外国の国家機関に対するわが国裁判権の有無はその外国自体に対する裁判権の有無によつて決すべきこと。

(ニ) 国家が外国の裁判権に服するのは、その国が条約によつて又は特定の事件について明示的にその裁判権に服する旨を表示した場合に限られること。

(ホ) 然るに日本国の民事裁判権に関する、日本国と米合衆国との間の、安全保障条約第三条に基く行政協定第十八条を合衆国自体、ないしその機関が日本国の裁判権に服することを承認した趣旨に解することはできないし、その他その趣旨の条約又は明示の表示を認むべきものはない。

というのである。

二 しかし乍ら、右判示は日本国と米合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(以下単に行政協定という)の解釈をあやまつた違法がある。

けだし、行政協定第十八条第一項乃至第六項は、主として軍隊の構成員、文民たる政府職員、若くは被用者の行為に伴つて生ずる請求に関する措置を取りきめたものであるが、その内、同条第三項は更に合衆国軍隊の行為についてもその措置を規定しており、また同条第七項は合衆国軍隊による、またはそのための、物資、需品、備品、役務及び労務の調達に関する契約から生ずる紛争の解決について規定しているのである。即ち、かような紛争は、原則的には合同委員会の調停に付すべきものとされるのであるが、同時に民事訴訟の提起をも妨げるものではないとされているのである。従て、この規定は軍隊による契約又は軍隊のための契約から生ずる紛争については、民事訴訟の提起されることを予想しているのであつて、この訴訟は軍隊又は軍隊のために契約する者が原告たるべき場合はもとより、これらの者が被告たるべき場合をも包含していると解するのが相当である。

従て、原判示が右規定の解釈として歳出外資金による機関には、わが国裁判権が及ばないと判断したことはその解釈を誤つた違法がある。

三 原判示は行政協定第十五条の解釈に付ては全く判断を示しておらず、その判断を遺脱した違法がある。すなわち、同第十五条第一項(a)によれば、歳出外資金による機関は、日本国の規制に服さないものとされているけれども、同条項にはこの協定中に「特別の規定がある場合を除く外」との文言が挿入規定されているのである。

そして同条第四項は「………労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない」旨を明示しているのである。(第十二条第五項も亦同様である)。この規定は同条第一項の原則的規定に対する例外を定めるものであつて同条項において除外されている所謂「特別の規定のある場合」に該当することはいうまでもない。

そしてここに「日本国の法令」とあるのは、これを原判示のようにいわゆる実体法に限るとの限定はないのであつて、労働法規一般を当然に包含するものと解すべきである。

労働組合法は「労働者の保護のための条件及び労働関係に関する労働者の権利」についての立法であるが、その内実体的な規定のみ適用され、第四章労働委員会の章は適用されないとか、第五章罰則の章は適用されないとか区別して解すべき根拠は全く存しない。

四 尤も、右行政協定の各項は、何れも軍又は国家機関が明示的に日本の裁判権を承認したものではないけれども、軍又はその機関の裁判権の承認は必ずしも原判示のように明示の場合に限られるものではない。

因みに、アメリカ合衆国における州はそれぞれ主権を有し他の州の裁判権にはもとより、合衆国裁判所の管轄権にも当然には服するものではないところ、アメリカ合衆国憲法第三章第二条第一項「連邦裁判所の管轄権は………一州と他の州の市民との間の争訟に及ぶ」との規定が設けられたことは、州が被告となる場合においても連邦裁判所の管轄権を承認したものと解された前例がある。すなわち、ノース・カロライナ州の市民がジヨージア州を相手取つて訴を提起した例がある。(アメリカ合衆国最高裁判所判決Chisolmv. Ceorgia, 2 Dallas 419(1793) 参照)右の条項は毫も、州が連邦の裁判権を明示的に承認したものではないにも拘らずこれを承認したものとして取扱われているのである。

五 原決定の判示するような陸軍規則が存在し、いわゆる歳出外資金による機関が米合衆国においては国家機関の一部として取扱われていることは、行政協定の趣旨を右の如く解するについて何等の妨げとなるものではない。

六1 原決定は、米合衆国連邦最高裁判所が、歳出外資金による機関たる米軍PXにつき「政府の腕」であるとか、或は「陸軍省の不可分の一部」であるとか判断して居るところを援用しているのであるが、この判旨はスタンダード石油会社(カリフオルニア所在)対ジヨンソン(同州財務長官)事件(最高裁判例集316巻481頁以下)を指摘しているものと思われる。

2 同事件の経過は右判例集によれば次の通りである。

(イ) カリフオルニア州に於てはガソリンの販売業者に対して、その販売するガソリンの量によつて、一ガロン当りを基準として計算した税額の納付義務を課している(自動車用燃料免許税法)但し、合衆国政府又はその部局に対して公用として販売された分には課税しない旨が定められているのである。(同法第十条)

(ロ) スタンダード石油会社は同州所在の米合衆国陸軍P・Xに販売した分についても課税されたところより、不服をとなえ、この課税分の返還を求め、同州サクラメント郡上級裁判所に対し、同州財務長官を相手どつて訴訟を提起したのであるが、敗訴となり、更に、同州最高裁判所に上告した結果も亦棄却されたのであつた。

(ハ) そこで、更に、連邦最高裁判所に上告したのが本件である。連邦最高裁判所はP・Xを合衆国政府の一部局であると解し、本件を破棄差戻したのであつた。

3 しかし乍ら、この判決は、歳出外資金による機関に対する我国裁判権の有無を判断するについて、必ずしも大きな意義をもつものとは云い難い。けだし

(イ) 右の判決が我国に対して当然の拘束力なきことは言うまでもない。

(ロ) 右事件につき、カリフオルニヤ州の裁判所は、第一審裁判所並びに上告裁判所ともに、右連邦最高裁判所判決とは異なる判断を示し、P・Xは合衆国政府の機関ではないと判示していたのである。

(ハ) そして、右最高裁判所判決にも、カリフオルニヤ州裁判所の判決が、P・Xに対するガソリンの販売も亦課税の対象となる旨を判示した理由として、同州の前示法律の文言の解釈を根拠としたものであつたならば、右州裁判所の判決が確定力を有し、連邦最高裁判所としては介入する限りではなかつた旨を判示している。(カリフオルニヤ州裁判所の判決理由が、P・Xの性格を連邦国家機関であるか否かの観点より考察したために、右事件はたまたま連邦最高裁判所の判断を受けるに至つたものである)

(ニ) 又右連邦最高裁判所の判決中にも示されている通り、歳出外資金の機関が負担した債務は毫も合衆国に於て承継又は負担することはないのである。

(ホ) 右連邦最高裁判所の判決はカリフオルニヤ州の税法の解釈として、P・Xは合衆国の機関である旨を判断したに止り労働法その他の問題について判断したものではなく、ましてや、裁判権の有無について判断したものではない。

4 右の次第であるから、国際礼譲の尊重すべきことは当然であるが、右行政協定の解釈として歳出外資金による機関に対しても日本国の裁判権が及ぶものと解するには、前示最高裁判所の判決は何らの妨げとなるものではない。

七 尚、原決定は「米国合衆国の地方裁判所も同じく歳出外資金による機関たる将校クラブにつき政府機関と判断していることが認められる」と判示しているがこれはいずれの事件を示すのか明確でなく従つて批判の限りでない。(尚、American Commercial Co. V. European Officers Club, 187F. 2d91(1951) )事件は次の通りであつて原決定の引用するが如き判決理由を内容とするものではない。すなわち、独乙においてのみ活動を行ひ、コロンビヤ地区においては何等の活動をしておらぬ将校並に下士官クラブを被告として、コロンビヤ地区連邦地方裁判所に提起された訴については、右クラブがその承諾のない限り訴えられないという免責を仮りに有しないとしても、同地方裁判所は管轄権を有しないといふのであつて、歳出外資金による機関が政府機関であるから裁判権がないと判断した案件ではない。)

第二労働委員会の非訟事件における当事者適格

一 非訟事件手続法第二〇七条第三項は「当事者」は過料の裁判に対し即時抗告ができる旨を規定している。ところで非訟事件の「当事者」の観念は、民事訴訟における「当事者」の観念程明確ではなく、非訟事件手続法が「当事者」を指称する用語は一定せず、関係人(六条、二八条)、申立人(二〇条II)申請人、当事者(一四七条、二〇七条、二〇八条)等の名称を用いている。これは、民事訴訟が原告と被告間の争訟であり、その裁判によつて直接の影響を受ける者は、原告被告及び参加人の外に出ないのに反して、非訟事件は特定人の間の争訟でなく、その裁判が影響する範囲を直に明かにすることができないからである。よつて非訟事件における「当事者」とは事件の申立人の外、当該事件の裁判の内容により、その裁判によつて自己の権利義務関係に直接の影響を受ける者と解する。従つて申立人でなくとも、右のような裁判を受くべき者又は受けた者は当然当事者たり得る。

二 労働委員会は、労組法上不当労働行為に対して救済をなすべき公法上の権利義務があり、その権利乃至義務を実行する手段として、先ず使用者に対して救済命令を発して不当労働行為を停止させ、右命令に従わない者に関してはその旨を裁判所に通知して、過料の裁判を仰ぎ、救済命令の実効を期している。今委員会の救済命令に従わない者につき、当然過料に処せられるべき者として裁判所に通知をしたにも拘らず、裁判所が之に対して過料の裁判をしないとすれば、委員会の救済命令は何等の実効なく、従つて委員会が不当労働行為を救済すると言う公法上の権利乃至義務を果すことは出来なくなる。法律も委員会に右の権利義務を果させるために、救済命令の不履行がある場合、委員会としてその旨裁判所に通知することを義務付け、救済命令により直接利益を蒙る労働者の、裁判所に対する通知は任意のものとしている(組合法第二七条九項)。

三 よつて救済命令の不履行に対する過料の裁判の如何は、直接労働委員会の公法上の権利義務に影響を及ぼすものであるから、その裁判については委員会は非訟事件手続法第二〇条第一項に所謂「裁判に因りて権利を害せられたりとする者」、乃至は同法第二〇七条第三項に言う「当事者」であると言わなければならない。

四 原裁判所としても当委員会に本件過料の決定正本を送達したのは、当委員会を非訟事件手続法第一八条に言う「裁判を受くる者」に該当するものとして、裁判告知方法として右送達をなしたものと思われる。然して右の「裁判を受くる者」は、非訟事件手続法第二〇七条に言う当事者に含まれることは明かであるから、裁判所は当委員会を当事者として認めていると考えられる(非訟六条参照)。

第三然らば、当委員会が昭和三十年十二月二十三日為した救済命令の確定にも拘らず、被審人が之に従わないことが明白である以上、労働組合法第三十二条に依つて過料に処せらるるべきものであるから、被審人に対して裁判権が及ばぬ故を以て処罰せずと判示した原判決は取消されるべく、改めて被審人の処罰を求める為め、ここに即時抗告を為す次第である。

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